Story
日榮の歩み
History
これまでの歩み
当社の社名は、「日に日に榮える」という願いを込めて名付けられました。創業以来、この理念を胸に地域と共に歩み続け、様々な挑戦と成長を重ねてまいりました。ここでは、当社の歴史とその軌跡をご紹介いたします。
草創期
196080年代
1960年代
公害問題が深刻化し、対策のための法整備が進む
1970年代
廃棄物の処理及び清掃に
関する法律(廃棄物処理法)制定
1980年代
廃棄物の不法投棄問題が社会問題化
1960ー80年代
1970年代
廃棄物の処理及び清掃に
関する法律(廃棄物処理法)制定
1980年代
廃棄物の不法投棄問題が社会問題化
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高度経済成長期を迎え、活発化する建設活動の裏側で公害問題が顕在化し始めた時代において、地域社会の環境保全と資源循環の重要性に着目し、産業廃棄物の中間処理事業を開始。地域に根ざした事業活動を通じて、社会貢献への第一歩を踏み出しました。
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1962年
創業者 折原 英司が折原建材を創業
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1967年
折原興業株式会社として法人化
- 1972年
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日榮建設株式会社に社名変更
1990年代
全国各地で最終処分場の残余容量がひっ迫し、
新規建設の必要性と住民の反対運動が激化
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廃棄物処理事業は、地域の皆さまの理解と信頼があってこそ成り立つ事業です。地域の皆さまと十分に向き合えなかった時代を経て、私たちは対話の大切さを学びました。一歩ずつ積み重ねてきた対話と信頼を礎に、これからは地域の皆さまとともに歩む会社であり続けてまいります。
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1991年
産業廃棄物中間処理施設操業開始
循環型社会への移行期、日榮は本社移転で基盤を強化しました。選別プラント導入で廃棄物の資源化を促進し、今後も循環型社会へ大きく貢献できるよう、商号変更や新社長就任といった変革を通じて、地域との信頼を基盤に持続的な成長を確立しました。
2000ー10年代
2000年代
循環型社会形成推進基本法の施行により、
廃棄物処理から資源循環への転換を国全体で
推進する法的枠組みが確立
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2001年
本社を那須塩原市共墾社へ移転
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2003年
選別プラント操業開始
- 2010年
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株式会社日榮に社名変更
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2011年
金沢第一プラント操業開始
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2018年
金沢第二プラント操業開始
SDGsを軸に脱炭素化が進み、地域社会との共生の重要性が高まる中、株式会社日榮は既存の環境事業を深化させながら、新たな事業領域にも挑戦し、持続可能な社会の実現に貢献しています。
2020年代
SDGsが企業活動の羅針盤となり、
全世界で脱炭素化が加速また、
地域経済の活性化や
コミュニティ支援の重要性が高まる
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2020年
- 砕石プラント 日榮戸田工場操業開始
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宇都宮ブレックスの
オフィシャルスポンサーに就任
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2022年
- 果樹園造成の認可を取得
- 2026年
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創業60周年
今の日榮があるのは、先代、従業員、お客様、
そして地域のみなさまのおかげ。
そのことを忘れず、今後も笑顔と発想を資源に
地域のみなさまから
頼りにされる存在であり続けます。
Future
日榮のこれから
当社は、これまで培った技術と経験を基盤に、持続可能な循環型社会の実現に向けて絶えず挑戦を続けています。 環境保全と地域社会への貢献を両立させることで、新たな価値創造を目指します。
「笑顔と発想を資源にし、新しい価値を創造する会社へ。」というブランドコンセプトのもと、社員一人ひとりの創意工夫と地域のつながりを大切にしながら、未来を切り拓いてまいります。
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01
持続可能性への取り組み
環境負荷の軽減を最優先に、資源の循環利用を促進する最新技術の導入を積極的に推進しています。廃棄物処理の効率化と高度なリサイクルによって、地域環境の保全に寄与しています。
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02
新規事業の展開
地域に根ざした多角的な事業展開に取り組んでいます。アグリ事業では、砕石事業の採掘後の土地を活用したぶどう栽培の準備を進めています。さらに、福祉事業や飲食店経営についても、地域ニーズを踏まえた事業化に向けて検討を進めています。
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03
地域社会との共生
地域との連携を深め、みなさまの声を反映したサービスの提供と社会貢献活動に積極的に参加。信頼されるパートナーとして、長期的な成長を追求します。
私たちは、事業を通じて地域とともに歩み、
笑顔がめぐる未来をつくっていきたいと考えています。
そのために、資源を活かした仕事に誠実に向き合いながら、
新しい発想で価値を生み出し続けます。
そして、お客様・仲間・地域の皆さまとの信頼を
何より大切にし、
運命共同体として支え合いながら、
笑顔の環をこれからも広げてまいります。
私たちが描いた未来ビジョン図がダウンロードできます。
未来ビジョン図(PDF)をダウンロード